水上悟志『惑星のさみだれ』一気読み感想

水上悟志惑星のさみだれ』を読んだのでネタバレ込みでざっくりとした感想を。

物語は主人公の雨宮夕日がしゃべるトカゲと出会うところから始まる。突然、地球を守る騎士と選ばれたとそのトカゲに告げられ、訳もわからぬまま敵である泥人形の襲撃を受ける。ピンチだったところを今作のヒロインである朝日奈さみだれに助けられる。空を見上げるとハンマーの形を模した影が浮かんでおり、そのハンマーこそ地球を滅ぼす「ビスケットハンマー」だと告げられる。そのビスケットハンマーを砕き地球をこの拳で滅ぼすのは私だ、と朝日奈さみだれが語りそれに魅せられた雨宮夕日が従僕として敵に立ち向かっていく。

朝日奈さみだれも雨宮夕日もこの世界のことを憎んでいるが故、自分たちのこの手で地球を破壊したいというところから物語は始まる。この時点でその心情にやや疑問感を抱いたが、これはそのままに読み進めていく。次第に他の「騎士」たちが朝日奈さみだれのもとに集まり始めるようになる。

最初に出会った騎士は東雲半月。この人物は物語の精神的に重要な人物になっていて、彼との出会いによって幅が広がり今後の展開に深みを増していく。半月の圧倒的な強さを目の当たりにした夕日はここから強くなろうと決意をする。次第に半月とも打ち解け仲を深めていくが、泥人形との戦いの中で突然の別れを迎えてしまう。この別れが夕日自身の精神的強さの柱に影響を与えていく。

悲しき別れののち、いよいよ本格的にその他の騎士たちがその相棒たちとともにさみだれのもとに集まる。ぎくしゃくした関係が続くも泥人形たちとの戦いを経て仲を深めていく。その中には辛い別れも含まれているが、共に乗り越え結束を固いものにしていく。

その過程の中でこの世界に憎しみしか感じていなかった夕日の心境にも変化が現れ始める。この心境の変化を描くための物語の展開の仕方が非常に緻密に考えられている。詳細の出来事を語るのは省くが、数々の戦いを経ていくうちに自分はひとりではないことを感じ取っていることが一番大きいことだと思う。そうなると本作品の最初の目的である「地球をこの手で砕く」ところからすでに外れていてもおかしくないだろうか、と私自身感じ始めた。しかし、夕日はそれでもまださみだれに加担しているのである。これほど仲間たちと連携して一体感が生まれているのになぜ、と疑問に思っていた。

そして最終決戦。さみだれと夕日はビスケットハンマーを砕くことに成功する。ここからがこの物語の本番。さみだれの決意は固くやはり地球をその手で砕こうとしている。そして夕日はそれに従い他の騎士たちと最後の戦闘を開始する。夕日の圧倒的な力の前になす術がなくなっていく。が、ここでついに夕日の本音が明かされる。

さみだれを止めるのは自分しかいない。

夕日は自身の変わっていく心境からさみだれを止めたいと思うようになっていたのである。そしてその役目に相応しいのは自分しかいない、と。ここを読んだときこの物語はこの瞬間に辿り着くためにこれまでの展開があったんだと鳥肌が止まらなかった。

では、さみだれの心境はなぜ夕日と同じ立場にいたのに変わらなかったのか。彼女は生まれつき体が弱く、この戦いが終わったあとには地球が滅びようが滅びまいが亡くなってしまうのである。だからいっそ自分の手で滅ぼしてしまえ、というのが彼女の考え方であった。

ここまできて「世界の破滅」か「彼女の破滅」かを考えるようになる。彼女を選べば世界は破滅、世界を選べば彼女は破滅、という二択が物語としてはよくある。この二択を目の前にしたときに夕日はどちらかひとつを選べなくなっている。最初はさみだれに魅せられつつも、これまでの仲間たちとの戦いを経てその思い出もまたかけがえのないものになっている。そしてもう会うことが出来ない者たちのためにも、生きたいと思うようになっている。そしてそこにはさみだれもなくてはならない存在なのである。だからこそ、夕日自身でさみだれを止めないといけない。ここにきて全てのことがただ一点に綺麗に繋がるのである。物語にただただ圧倒された瞬間である。

夕日は世界も彼女も手に入れるため、さみだれに立ち向かう。ただ彼女の手を取るために上へ上へと上がっていく、この描写もまた素晴らしい。さみだれの手を取り、夕日は彼女からひとこと「生きたい」と。物語はハッピーエンドであってもらいたいと常に思っている私自身はここで涙が堪えきれなくなった。なんと素晴らしい大団円か。

物語は最後にその後の生活が描かれて終わる。あの一年間の激闘が嘘だったかのように平和な日々、幸せな日々を各々が送っている。でも、この日々は皆と力を合わせたあの日々があったからこその未来なのである。こういう「あのときから地続きにある今という未来」という物語の終わり方にも非常に私は弱い。過去にあったことを糧に未来へと繋がっていく。どんなに辛かろうと希望に満ち溢れた未来があるという可能性を信じて今を突き進むしかない。

 

書いてはみたもののとっ散らかってしまった印象がある。けれど、書きたいことは何となく書くことが出来て良かったかなと。『惑星のさみだれ』良い作品だった。