少年は卒業しない

振り返ってみると思い出に残る三年間だったと思う。きっと将来、俺はこの時間を愛おしく思う、そんな日が来るのだろう。
「よっ。いつもいつも人のいないところを見つけるのが得意なことで」
そんな感傷に浸っていると彼女が現れた。思えば彼女に出会ってから俺の高校生活は始まった。
「今日で卒業かぁー。なんかあっという間だったし、本当にこれから大学生になるのかって思うわ。まだまだガキって感じがするよ」
「ああ、大人になる反面、まだまだ子供で遊んでいたい気持ちもある」
「おっ、あんたでもまだ遊んでたい気持ちがあるんだ。てっきりすぐにでも大人になりたいと思ってたよ」
そんなことはない。俺だってこの楽しかった三年間を手放したくない気持ちがある。
「振り返るとさ、推研同好会の最後の夏合宿の事件はびっくりしたよ。あのクローズド・サークルは楽しかったなぁ。まさかあんな企画を水面下で進めていたとは、あんたも遊び心があったんだねぇ」
「どうしてもお前の名探偵適性というものを最後に今一度拝んでおきたくてな」
その灰色の脳細胞を生かして数々の事件を解いてきた彼女には出会ったときから憧れがあった。同時に自分は彼女を負かしたいという気持ちがあった。そうすれば、彼女と並び立てる存在になれると思ったから。
「あの時は流石の私でもやばかったね。どうしても最後の論理の飛躍が閃かなくてさ。最後にあんたがポカやらかさなければ辿り着けなかったよ」
そう、結局あの時も彼女に負けたのだ。最後の集大成として彼女に勝ちたかったのに。
「あれ以上のことはもう今後思いつかないだろうな。それだけの覚悟を持ってお前に挑んだんだ」
「そっか」
そう言う彼女の横顔はどこか寂しそうに見えた。
「私はさ、この三年間でいやというほど事件を解決してきたわけじゃん。でもさ、どれもこれも個人的な理由から起こされる事件だったわけ。そんなの当たり前だ、って思うのかもしれないけど、でも解いたことで救えた気持ちもあったかもしれないじゃん。私はただ解いていただけでその一歩がどうしても踏み出せなかった」
「そんなことはない。お前は常に犯人の謎を解き明かすこと、そしてそれがどう周囲に影響を与えるか、気を配って謎を解いていた」
彼女の隣でずっとその姿を見続けてきた俺が言うのだからここは自信を持って欲しい。
「そう。そう言ってくれると、私のこのモヤモヤした気持ちも少しは晴れるかな」
彼女はここでグッと背伸びをする。
「あんたの考えた事件ね、そう思う私の気持ちも汲み取って作ってくれていたのかなぁって思った。あの夏合宿が私の高校最後の事件で、その後は受験勉強の日々。で、無事に合格して果たして大学でも事件に巻き込まれるのかなぁなんて思うと、あんたの事件は私にとって謎を解き明かしたその先にあることの対処法?みたいなものが分かったような気がしたよ」
「そう言ってくれるとありがたい。だが、俺はあの時、お前が事件に敗北する姿が見たかったんだ。お前が俺の事件からそのようなことを学んでいたとしたらそれはただの偶然だ」
「何それ、敗北して欲しいなんてひどいこと言うね」
実際のところは自分が負けた時の保険要素として、彼女の探偵としての在り方にせめて影響を与えられていたら、とは考えていたが、まさかこちらが成功していたとは思わなかった。まぁ、あの後はこちらも受験勉強で忙しかったうえに事件も起きなかったからな。
「私ね、大学に入って事件に巻き込まれたとしたら、その時こそちゃんと謎を解くよ。うんうん、まさに完全無欠の名探偵の誕生ってわけ」
「そうか、それは楽しみにしている」
結局、彼女に並び立てる存在にまではなれなかったのだが、その言葉が聞けるだけでも少しは俺の成長というものが感じられる。でもやはり、いつかはちゃんと彼女の隣で支えて遅れを取らないようになりたい。
「名探偵にはさ、助手がつきものじゃん。だからね」
そう言った彼女は急に俺に詰め寄ってきて、学ランに手を掛けた。
「これ、貰っておくね。だから、大学入ってもよろしくー!」
そう言い彼女は去って行った。学ランを見ると第二ボタンが無くなっていた。
新たな事件が待っている気がした。