『WHITE ALBUM2』全ルート体験記

本記事は『WHITE ALBUM2』のネタバレを含みます。が、詳細にシーンをばらしているわけでなくあくまでもプレイした方には伝わるという書き方にしているつもりです。なお、これ以外の作品名も出てきますが、ネタバレはしていません。

 

 

はじめに

WHITE ALBUM2』(以下、WA2)の全ルートをプレイしたのでその感想を書き記していきます。そのときの私の感情とその時の私の周りの出来事含めた内容です。WA2をクリアするまでの2年弱の体験記みたいなものです。プレイしたルートを順番に書いていきます。基本的にルートひとつにつきその日一日でクリアしています。興味のある方はどうぞ。

 

0. 丸戸史明冴えない彼女の育てかた

WA2の感想に入る前にまずどういう経緯でこのゲームをやるに至ったのかをお話しさせてください。

冴えない彼女の育てかた』(以下、冴えカノ)は私が2016年に初めて読んだライトノベルシリーズになります。ギャルゲーを作るサークルを立ち上げた主人公とヒロインたちのラブコメディです。当時、読んでいた私はあまりの面白さに他のことに手がつかなくなり、常に頭の中では「冴えカノ読みたい」という気持ちでいっぱいでした。その時はまだ完結巻まで出ていませんでしたが、新刊が出るたびに本屋に駆け込み彼と彼女たちの物語を一生懸命に追いかけていました。

そして2022年5月。改めてこの冴えカノを全巻読み返し、当時の熱が甦ってきました。三日間ほどで完走し、その後「劇場版 冴えない彼女の育てかた Fine」を再び見返しました。

今回はここで熱が収まらず、マンガ『冴えない彼女の育てかた 恋するメトロノーム』やファン感謝イベントの「冴えない彼女の育てかた Fes. Fine」に触れたり、冴えカノの深崎暮人画集を買ったり、と冴えカノの世界にどっぷりとハマっていました。

 

1. 出会い

その当時、Twitterのタイムラインを眺めているとWA2がやたらと流れてきていた。なので、冴えカノの勢いのまま購入。「WHITE ALBUM2 EXTENDED EDITION」でPC版を進めることに。

これがすべての始まりでした。

 

2. introductry chapter

というわけで早速プレイ開始することにしました。ノベルゲーム自体が人生で初めてだったのでそこも新鮮です。

主人公は北原春希。ヒロインは冬馬かずさと小木曽雪菜。

序盤は軽音同好会が分裂しかかっていて、メンバーを集めるという展開。よくあるラブコメラノベの展開かーと思ってポチポチと進めることに。

で、学園祭が近づいてきて三人でのステージパフォーマンスのための練習。この時間にどれだけのことがあったのかを知るのはのちのこととこのときは思いもよらなかった。

その後、ステージは大成功しこの後も伝説のステージと呼ばれることに。そして歌われた「届かない恋」。もう震えが止まりません。

ここから本領を発揮してきました。

まず学園祭終わりの出来事。ついに小木曽雪菜が動きます。おおーここで物語と三人の関係性に変化が加わるのかーわくわく。と、そんな生易しいものではなかったとあとから知ることになります。胃に穴が開きます。

関係に変化が訪れますが、三人でいたい気持ちは三人とも変わらず。この気持ちを捨てることができたらどれほどシンプルであっただろうか、と思いますが、この三人は修羅の道を選ぶことに決めます。非常につらいです。

その後の三人での温泉旅行が最後の幸せの瞬間でした。ここで雪が降ってくることが今後ずっと私を苦しめることになります。ただこのときは楽しく三人の温泉旅行を眺めているだけでした。

2月になり雪菜の誕生日を迎えます。2月14日です。もう一生私はこの日が小木曽雪菜の誕生日であることを忘れないと思います。徐々に春希と雪菜の距離が近づいていきます。

そんな中、かずさは海外へ行くことに決めます。大学は春希と雪菜とは違うというところです。これが良くなかった。春希とかずさの想いに火をつけてしまったわけです。

ここから序章ラストまではもう心が苦しくて苦しくてたまらない気持ちでいっぱいでした。それでもこの物語を見届けなくてはいけない。そしてたどり着いたのは白い雪が降ってくるシーンでした。

なんとかやり遂げることができました。次回予告を見ていた私は「えっ、この展開でヒロイン増えるなんてことある?!」と驚きの気持ちでいっぱいでした。そして雪菜はいったいどうなってしまうんだ、と。

このときから、まず最初に雪菜をどうにかしないといけない、そんな気持ちに駆られていました。

 

ここからは余談ですが、この数日前に西条陽『わたし、二番目の彼女でいいから。3』を読んでいました。このラノベを読んで心をへし折られていたところに、WA2のこれだったので完全にメンタルは殺されました。なんたる奇跡。

 

3. closing chapter 雪菜

その一週間後ふたたび起動しました。雪菜を救うために。

予告に会った通りヒロインが登場してきます。距離の近いヒロイン・和泉千晶、バイト先のデキるお姉さん・風岡麻理、バイト先のお節介な後輩・杉浦小春。どの子も魅力的です。特に、和泉千晶、この子はヤバいとなんとなく一目見たときから感じていました。

そのまま進めていくといよいよ初めての選択肢。雪菜をどうしても救いたかったのでなるべくそっちにいくような選択肢を選び続けます。

そして迎えるは12月24日。運命の分岐点でした。この時点でどこのルートに行けるか決まっているようなものです。つまり、ここだけはどのルートでも見ることになるということです。最悪でした。この日を何度も繰り返すことになるなんて、本当に最悪のタイムループです。初めてのタイムループを体験しました。

ここからは雪菜ルートに入っているのでひたすら雪菜に春希は接近していこうとします。が、このヒロインホントに曲がらないし落ちない。そこが雪菜の悪いところでもあり良いところでもありだから好きだと思う自分がいます。

かつての歌姫は頑なに歌おうとしません。私はもう頼むから歌ってくれ、歌ってくれよ......と思いながら先を進めます。そしてついに春希のギターが彼女を動かすのです。ここのギターは本当に雪菜にしか向けられていないものになっていて、これだけはどのルートにいても曲げなかった春希に私は感動しました。なんという不誠実な誠実さ。

ようやく二人のわだかまりも解けあとはご褒美のシーンへ。このとき私はこの日に受けた予防接種の副反応もありもう心身ともにズタボロでした。せっかくのご褒美シーンも無の感情で眺めていました。

良かったです。これで小木曽雪菜は救われたのです。幸せになって大学生の時を終えました。

 

そして流れ始める「届かない恋」。次回予告です。もうやめてくれと思いました。出てきたのはストラスブールで出くわした黒髪の美少女でした。ああ、終わった......立ち直れませんでした。

この日は熱も上がってきて悪夢を見てもう何が何だかよくわかりませんでした。これほど苦しんだ日はないです。この先を進めるのが怖い。ただただその気持ちでいっぱいでした。

 

4. coda 雪菜true

2023年1月。ついにその時を進めることにしました。辛すぎて先に進めることができませんでした。この間にWA2をプレイし始めすべてのルートを終えた人もいました。コラボカフェもこの間にやっていたような気がします。私は逃げ続けていました。やると言いつつもやれなかったのです。でも、いつまでもそれではいけないということで始めました。

今回も雪菜のエンドになるように進めていきます。codaはかずさの一回目の日本公演とそのあとの雪菜の誕生日が鍵を握ります。この期間にどうするかでどちらに転ぶことになるかが決まる、というものでした。

そしてこのルートはWA2で最後にやるのを勧められていたルートです。このときは気づきませんでしたが、このルートがいかにすべての集大成であったのかということにすべてのルートをプレイし終えた今気づかされました。

それは何と言っても雪菜とかずさのぶつかり合い。そして学園祭前日で止まっていた時間が動き出したからです。このルートでしかこれが見られません。雪菜の真っ向から曲げない性格でかずさを雪菜のペースに引きずり下ろしていきます。こんなヒロインがいたのか。たまったもんじゃない。私はどんどん雪菜に心を奪われていきました。

そんな雪菜だからこそ最後は掴み取ります。北原春希を。このヒロイン強すぎる。なんでこんな良い子がこんなに苦しまなくてはいけないのか、何度そう思ったことか。

最後に出てきたCGはもう涙で画面が見えませんでした。やった......ひとまずのハッピーエンドを見ることができたんだ......安心しかありませんでした。

 

5. coda 雪菜ノーマル

2024年3月。他のルートを終わらせると心に決めました。一年空いてしまいました。この間にも定期的にWA2の話題は私のタイムラインに上がってきて、そのたびに冬馬かずさを救わなければと思っていました。ええ、思っていました。

というわけで、攻略サイトを解禁してそれぞれのルートを攻略していきます。

このルートは比較的短い本当に普通?のルートです。雪菜とかずさは交わりません。雪菜がそれを拒んでいたからです。ホントにそれでよいのか?その疑問が残るルートでしたが、雪菜はそれで良いということを選んだルートでした。これもまた小木曽雪菜なのだとそう思いました。

 

6. coda かずさノーマル

いわゆるかずさ浮気エンドというルートらしいです。いよいよかずさtrueを見るぞと思い選択肢を選んでいきましたが、選べません。何度も雪菜ノーマルに行きました。そして気づきました。先にノーマルエンドを見る必要があるということに。

基本的にはかずさの日本公演から追加公演の間までの話が変化するので、その時間で春希と雪菜、かずさに何が起こるかを楽しむcodaになっています。

このルートは愛と情欲にまみれたルートでした。単純に言ってかずさがエロい。そしてずっと甘えている。なんだこの可愛らしさは。ずっと雪菜ばかり追ってきたのだけれど、これは可愛すぎる困る。

日々、春希とかずさは睦み合っていてずっといちゃいちゃを見せ続けられます。が、そんな幸せな日々は長くは続かないのがWA2。私はそのことをこれまでの経験から学びました。

かずさは春希から離れていこうとします。そんなときにかずさが春希に言い放った言葉を私は忘れることができません。私の宝物は......かずさの想いのこもった言葉にしばらく画面を見つめることしかできませんでした。呆然としていました。

そしてこれでさよならだと言わんばかりに見せつける追加公演での演奏。かずさとの別れです。辛いです。なんですかこれ。

そして隣には雪菜がいます。なんでこんな状況を作り出してしまったんだ......ここで完全に北原春希が壊れてしまいます。そしてエンディングへ。

エピローグは季節は巡りふたたび冬へ。雪菜......このルートでも君は強いヒロインなんだね......そう思わされて幕を閉じたルートでした。このルートの方がtrueより実は好きなのかもしれない。

 

7. coda かずさtrue

そしていよいよかずさtrueを選べるようになりました。ということは雪菜を切り捨てるしかないルートです。

このルートは春希が最後までかずさをあきらめなかったルートです。そのためにどうやって雪菜の気持ちに折り合いをつけるのだろうと思っていました。

そうやるのか......これは相手がかずさだから描けるルートなんだと思いました。雪菜が最後に春希を選べなかった理由は、春希以外の人がいたから。でもかずさには春希しかいない。かずさの全力の一途な想いには雪菜の想いが勝てなかった。それは環境の違い。かずさというヒロインをヒロインとしてしっかりと描きながら、雪菜というヒロインとの違いをしっかりと見せつけてきた。そんなルートでした。

このルート、本当に純愛でかずさとのいちゃいちゃシーンないんですよね。ノーマルでヤリまくっていたからかとも思いますが、あえてこのルートで描かなかったのはかずさの恋心の純粋さを際立たせるためでもあったのかな、なんて思いました。

 

これでcodaが終わりました。

 

8. closing chapter 小春

大学生に戻って各ヒロインのルートを攻略していきます。

このルートは自分の中の理性と本能が大喧嘩したルートでした。本当にあなたたちの選択は正しいのか。でもそれは外野からの意見であって、この二人にとっては「愛」ゆえのものなのでしょう。でも本当にそれで良いのか。という問答をずっと繰り返していました。特に最後の小春の選択はずっと理性と本能が戦っていました。

恋愛関係に支配される友情関係、どこかのマンガで読みました。まさにそれでした。でも、このルートで最後に雪菜が出てきて小春にかけてあげた言葉が正答なんだと思いました。確かにそれですべての問題が落ち着くこともあるよなと。この雪菜の言葉でギリギリ春希と小春の関係を良しと出来ました。それに小春が「小春希」ならばこのルートはこのエンドで合っているかなと納得しました。

そしてこのルートをやって気づいたのです。かずさ以外に負ける雪菜をあと何回か見ないといけないということに......

 

9. closing chapter 麻理

デキるお姉さんは好きですか?大好きです。

大人の余裕がありつつも可愛らしい一面も見れる。そんなルートです。比較的このルートは安心して見れました。ここまで来るのにメンタルが鍛えられたからというのもあるのかもしれません。

このルートでびっくりしたのは、新キャラ出るんだ......ということです。普通のラブコメラノベっぽい展開かなと思いました。年の差、焦るお姉さん、好きです。

バッティングセンターのシーンも良いですね。お姉さんキャラがバットを振っているシーンがとても好きです(俺ガイルの平塚先生とか......)。

codaでアメリカに行ってしまったということを先に知っていました。なのでこのルートもアメリカへ行くという別れで麻理さんを選ぶことができるのかということがお話の焦点です。そして雪菜です。彼女との別れるためのトーク。雪菜は本当にこれで別れることを決意できたのでしょうか。わかりません。わかりませんが春希を追いかけなかったということはそうなのでしょう。あんた、私のこと好きだったー?春希の思い出の女の子になれたでしょうか。

麻理さんに最後には会えたのですが、なんかこれ叙述トリックみを感じました。ちょっとミステリでテンションが上がっている自分がいました。ありがとうございました。

 

10. closing chapter 千晶ノーマル

最初からこの子はヤバいと警鐘が頭の中で鳴っていたので最後に回しました。このルートもエロいです。というか千晶がエロい。

ノーマルなのでそこまで語ることは多くないのだけれど、やっぱりこれは謎が残るルートだなと思います。というかこれは多分「問題編」なんだと思います。和泉千晶から出された挑戦状です。この挑戦状に挑まずに終わったルート、そんな感じがしています。

 

11. introductry chapter (2回目)

CGモードを見ていたときになんで選択肢のなかった序章で解禁されていないCGがあるんだと思っていました。それを回収するために2回目です。

かずさの描写が追加されていました。codaで言っていたことがしっかりと描かれています。つら......この学園祭がすべての始まりだったよ......

本命は瀬能千晶です。やっぱりそのパターンだったかーとここで初めて気づきます。異常に春希のことを気に入っているのもここで気になりましたが、この気がかりだったことはこのあとすぐわかりました。

 

12. closing chapter 千晶 true

そして和泉千晶の「解決編」。なぜ彼女が春希に接近していたのかが明かされます。

彼女はこの物語におけるもうひとりの「天才」でした。高校のときは演劇部。大学でもその実力はそのままに看板女優。名前は瀬之内明。ついに明かされた彼女の真の姿に私は心を奪われて仕方ありません。ここにきて天才キャラがでてくるなんて......

ノーマルエンドの裏側がまずは描かれていきます。彼女は三人があの学園祭に至るまでを舞台化しようとしていました。春希に接近し人となりをコピーし、雪菜に接近し言動をトレースします。自分が演じる舞台のために。

どれが本物の和泉千晶かなんてわかりません。彼女は常に演技をすることで自分を保っていたのだから。そんなことが春希にもバレて距離が空いていってしまいます。

あとこの途中で千晶が切り札を持つんですが、えっ!このルートでついに?なんて思ったりしていました。結果、その切り札は結局切り札にはならなかったわけですが、気づかされたタイミングが舞台の途中というのも悲しい。

千晶は雪菜とかずさを完璧に演じていました。そして劇もいよいよ終わろうとしているとき、ついに彼女の想いが吐露されます。このときやっと彼女の素顔が見れたような気がしました。天才のベールがはがれる瞬間好きです。

甘々なラストを経てこのルートは終了。和泉千晶、好き。

 

これにてclosing chapterは終了。

 

13. 追加特典

ビジュアルノベルやミニアフターストーリー、ボイスドラマ、など特典が残っているのでこちらも一つ一つ触れていきました。基本的にはintroductory chapterを補強する内容のものが多かったかなという印象です。いくつか気になったものの感想を。

・幸せへと戻る道

かずさtrueのその後。バカップル(夫婦)その1。そういえば結婚式挙げなかったね、この子たち。時間が解決してくれることもあるのでしょう。ふたたび五人が日本で集まれそうで嬉しかったです。

・幸せへと進む道

雪菜trueのその後。バカップル(夫婦)その2。いちゃいちゃを見せつけてくれます。雪菜のその後といったらもうこれしかないでしょう。こちらもとても嬉しかったです。

・祭りの前~ふたりの二十四時間~

うん、良い。かずさと雪菜の前日譚。彼女たちふたりの間で何があったのか。修学旅行ではないけれどコイバナに花を咲かせます。雪菜ぐいぐいいきますね。

・再会と贖罪のニューイヤー

もしかずさのコンサートに行っていたら。雪菜からも電話がかかってきて一触即発の展開でまたこの苦しい展開か......と思っていた。そしたらアニメの告知だった。そこから先はコミカルで面白かった。そういえばアニメも実はすでに視聴済です。

・幸せの日~ベッドの上の物語~

ピロートーク。Good!

 

14. 不倶戴天の君へ

残された最終ルート。かずさ浮気エンドを補強するものになっていた。

このルートは今までと違い春から秋にかけての物語になっている。かずさが日本にさよならを告げ、雪菜がふたたび春希のもとへ帰ってからの物語。

このルートの雪菜も強い。めげずに春希のもとへ通い続けます。が、それが重荷になっていって壊れそうになっていきます。

一方のかずさ。母親のためにオケに乗ることになりますが、彼女も思ったように進まない。誰かに弱音を吐きだしたい。でもかつての最愛の人にはもう頼らない。だから電話を掛けた先は──

だからこの物語は「不倶戴天」なんだと思った。雪菜とかずさが一生涯の敵であることを決めた日。彼女たちの一世一代の大喧嘩は苦しいものでもなくて、どこか安心して見れる自分がいた。この二人は心の奥底では繋がっているから安心して全力の言葉をお互いにぶつけられるのだなと。「不倶戴天」は「大親友」の類義語なのかもしれない。

このルートだけは雪菜は三人でいることをやめたんだなと思った。あれだけ三人でいることにこだわっていた雪菜がついにそれにこだわらなくなった。こんなルートも見ることができるのか、どこまで楽しませてくれるWA2......!!!!

春希が寝転がっているCGとても好きです。今まで冬の物語だったのでこのシーンは新鮮でした。温かな風が二人を包み込んでいて、私も穏やかな気持ちになりました。

そしていよいよ春希は復帰。このルートで一番びっくりして嬉しくなったのがこのすぐあと。なんと編集長としてアメリカから「あのひと」が帰って来るというのです。良かった......ホントに良かった......

最後、かずさの凱旋講演。縁はいつまでも続いていく。季節が巡る限り。

 

書いている途中で気づきましたが、依緒と武也の話、朋の話、小木曽家の話、ここら辺全く書けてないなって。これ書いている今でもすでに相当な文字数になっていますが、この面々のことも書くとなると相当長いものになるなあ。

 

おわりに

人生で初めてプレイしたノベルゲーでありR-18ゲームでした。もう二度とやりたくありません。でもやっぱりヒロインたちに会いたいなとは思います。もっと軽い気持ちで見れる日が来るのかな。そんな日は来ないよね。最近は和泉千晶が歌う「届かない恋」をずっと聴いています。良い声。

彼女たちの結末の全てを見届けることができて良かったです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3月10日のおはなし

「試験終了です」

 俺はペンを置いた。中高六年間、学んできた全てをぶつけた二日間が終わり、そして長かった受験戦争にもついに終止符が打たれた。

 

 3月10日。今日は卒業の日だった。中高一貫で六年間通ってきた校舎とも今日でおさらばだ。この長い坂道を上るのもこれで最後だ。

 

「いよいよ卒業式。そして今日が合格発表の日だ。うちの学校も頑なにこの日から卒業式ずらそうとしないんだよな。お前たちも今日くらいは余計なことに気を取られずにその瞬間を待っていたいだろう?」

 今日はこのクラスの大半の生徒が受けている大学の合格発表の日でもあった。合格発表は12時。卒業式が終わったあとのことだった。

「合格かどうかが気になるところだと思うが、こればかりは仕方ない。まずは卒業式だ。

 段取りは──」

 そんなことを今は気にしている場合じゃないが、なぜかその内容は頭に入ってきた。あと数時間で進路が決定するというのに、自分でものんきなものだった。もしかしたら、その決定的瞬間が訪れるのを拒んでいる自分が心のどこかにいるのかもしれない。

 今年は体育館が修繕中のため、卒業式は講堂で行われる。本来であればひとりひとり壇上に上がって卒業証書を受け取ることになっているが、幅の狭い講堂ではそれが難しい。だから、名前を呼ばれたらその場で「はい」と答え立ち上がるだけだ。クラスの代表者ひとりがまとめて受け取ることになる。

 去年、在校生として体育館での卒業式に出席したときはこの卒業証書授与の時間が果てしなく長かった。ひとりひとり受け渡しを行っているのだから当たり前だ。しかも、壇上でふざける奴も出てくる。さらに式は遅れていくというわけだった。でも、そんな悪ふざけも最後と思うと少しうらやましくも思う気持ちもあった。今年は簡易的なものになってそんなことを仕掛ける時間すらないだろう。

「──というわけだ。では、今から移動する」

 担任が説明を終えると、ぞろぞろと生徒たちは立ち上がり教室を出ていった。

 

 卒業式を待っているとき、友人といつもと同じように他愛もない話をして過ごす。俺と同じように内心は不安なのだろうか。全くそんなことをおくびにも出さない。

 ああ、そうか。余裕なのか。

 俺は不安でいっぱいだったが、他の友人たちはきっと余裕なのだろう。ずっとA判定を取り続けてきている奴ばかりだし。全く必死で食らいついている俺の身にもなってくれよ。

 そうこうしているうちにようやく講堂へと入場することになった。

 

 卒業式中のことはあまりよく覚えていなかった。校歌斉唱はこれで歌うのが最後になるというのに感慨深い気持ちにもならなかった。徐々にその時が近づいてきていて、ますます気が気ではなかった。

 

 教室に戻ってきて、いよいよ担任の言葉も最後になる。

「人生は長い。この先のことを考えればこれからの一年なんてとっても短いものだ。たとえダメだったとしても、将来を考えれば一年かけて再挑戦すべきだと思う。ここで諦めるのは非常にもったいない」

 そんなことを言われても俺はもしダメだったらもう別のところに行くと決めていた。幸いにしてすでに合格している学校はある。もう一年で自分の学力が伸びるとも思えない。それくらい全力を出し切った。だから受かっているかどうかは本当にギリギリのラインだと思う。

 と、思っているが本音を言えばもう勉強したくないだけだった。周りにもおいて行かれたくない。早く大学生になりたかった。

「あとこれからはAIの時代が来る」

 そんなことを考えていると、唐突に担任の話の方向が切り替わった。

「良いか、仕事を奪われるような奴にはなるな。きっとAIはもっと優秀なものに発展していく。そんな中で我々ヒトができることをしろ。AIを超えるくらい優秀になれ。だから──」

 すると突然ひとりの生徒が立ち上がってガッツポーズしながら廊下に走り去っていった。何事かと思って時間を見ると、合格発表の時間を過ぎていた。隠れてスマホで確認したのだろう。

「全く、仕方がない……」

 というわけで次々に生徒たちはスマホで結果を確認し始めた。俺もすぐに確認した。

 そしてそこに番号はなかった。

 

「うわ、落ちたー」

「え?マジか!?」

 一足先に確認した俺は他の奴らにスマホを渡す。周りで持っているのは俺しかいなかった。

 その友人が手を震わせながら画面をスクロールしているのを見ていた。そしてすぐにそのお目当ての番号は見つかったようだった。

「あったわ」

「俺にも見せてくれ」

 他の友人も俺のスマホで番号を確認し始めた。結果は合格。俺以外の全員が合格だった。

 というわけで大学受験の長い戦いはこれで終わった。

 

「卒業旅行スキー行こうぜ」

 友人宅でピザを食べつつゲームをやりながら休みの予定を立てていた。しばらくは自由の身だ。これほど清々しい気持ちになるとは。

「良いね。いつにするよ?」

 こうして仲の良い友人たちとワイワイ過ごしながら、日は暮れていった。

 

帰りの電車に乗りメールを確認すると母から来ていた。

 

おめでとう。これであんたも大学生だね。

 

おめでとう、か。確かに新たな門出なのでおめでたいことではある。でも、どこか皮肉なように感じられる。帰ったら文句のひとつでも言ってやろう。

そう思い見ていたスマホの画面から顔を上げると、電車内には人がいなくなっていた。どういうことだ。まだ終点でもないはずだしそもそもそこが降りる駅でもない。

しかも、電車は動いていた。ますます意味が分からない。

立ち上がって先頭車両のほうへと向かうことにした。運転手を確認しておきたい。そう思って別の車両に移ろうとしたところ、扉が開かなかった。いくら力をいれてもダメだった。

いったい、何が起きているんだ?いま来た道を戻ろうと後ろを振り返ると、そこには

 

黒ずくめのゴスロリを着た少女が片手に杖をもって立っていた。

 

ごきげんよう

お嬢様然としたあいさつを目の前の少女からされた。

「君は誰だ?これはどういう状況なんだ?いったい何をしたっていうんだ?」

「質問を一気に投げてくるのはやめていただきたい。まあ、この状況であればそう思いたくなる気持ちもわかりますが」

その少女は何かを知っているようではあった。だったら早く教えてくれよ。

「そうですね、いわばここがあなたの分岐点とでも申しましょうか。あなたはこのまま先に進むこともできる。あなたはこのまま巻き戻ることもできる。どちらかを選択する権利が今のあなたにはあるのです」

「わからない。もっとわかりやすく言ってくれ」

「少しは自分で考えてみたらいかがでしょうか。と言っても時間もないので優しく教えて差し上げましょう。

 良いですか。あなたは本命の大学に落ちて別の大学に入学しようとしている。それをそのまま受け入れるのが選択肢のひとつめ。

 ふたつめは時間を一年前に巻き戻してもういちど最後の一年間をやり直し再挑戦できる。しかも今のあなたの記憶を持ち越したままで。

 そのどちらかを今あなたは選ぶことができるのです」

 要するにもう一度だけ高校最後の一年間をやり直せるっていうわけだった。本当かどうかは信じがたいが、この奇妙な状況に巻き込まれていることから察するにここでは信じることにした。

「俺はもうあの一年を繰り返したくはない。繰り返す必要もない。だからやり直しを選ばない」

「本当にそれで良いのでしょうか。ただ同じ一年を繰り返すだけなんですよ。周りだけ先に大学生になっている、なんてこともない。何のデメリットもなしに二回目を繰り返せるんですよ

 それに全く同じ一年なんです。だから出題される問題も同じです」

 そこまで言われるとそれは魅力的な話だった。なんせ答えを覚えてしまえば良い。

「ん?でも今の俺は答えも覚えていないし、問題ももちろん覚えていない。いくら記憶を持ち越せるからといってもこの状況じゃ結局同じだ」

「では、おまけです。あなたが今年受けた大学の問題そしてその解答はやり直しの際に持って行けるようにします。試験直前になってそれを覚えるだけで合格です。これで何のデメリットもなくなりました」

 流石に都合が良すぎる話だった。これで戻って騙されていたなんて事態に陥ったら冗談じゃない。

「おや、私が騙そうとでもしているとお思いでしょうか?そんなことはするつもりはございません。最もそんな口約束では無意味なのでしょうが。それでもこれは約束しましょう。

 そのうえでお考えください。どちらの選択を選ぶのか」

 完全に自分にとってメリットしかない話だった。でも、すでに俺の答えは決まっている。

「俺はやり直しを選ばない。このままの道を進む」

 

「ほう、理由をお聞かせ願えますか」

「正直なところさ、本命の大学だってうちの担任に言われていたから目指していたっていうことが大きい。目指すところがないならとりあえず目指しておいて損はない、って。

 俺はやりたいことがなかったから、その言葉を真に受けてただ受かるためだけに勉強していたんだ。だからこの一年間はずっと苦しかった。目標は確かに合格だったけど、そこに自分だけの理由はない。苦しくないはずがない」

「なるほど、あなたは志望動機が不純なものであった。そう言いたいわけですか」

「そうだ。何となく流されて目指しているだけだった。だから深く考えずに問題が解けるだけのテクニックと解くためのパターンを身に着けた。

 でも、最近になってようやく気付いたんだ。手先のテクニックだけでは解けない問題があるってことに」

 それは当たり前のことではあった。でもこれまで自分で深く考えもせずにただパターン化を繰り返してきた自分にとっては目から鱗が落ちる気づきだった。

「パターンにはめられないときには自分の自由な考えが必要になってくる。自分の考えなんて持っていなかった俺には突然やれと言われても無理なことだった。だから、落ちた。

 もちろんそのことに気づいてからはなるべく意識して考えるようにしていたさ。ただ、気づいたときにはもう時すでに遅しだったってわけ」

「では、なおさらもう一年やり直したほうが良いのではないですか。考え方の幅が広がるでしょう?」

「それじゃダメなんだ。高校までの内容だとどうしても限りがある。

単純に言えばもう飽きた。新しいことを俺は自由に学びたい」

「でも、一年待てばもっと良いところに──」

「もっと良いかどうかなんて入ってみて実際に学んでみないとわからないじゃないか。そこでやり直せるっていうのなら考えるけど」

「ぐぐぐ、私が提示できる分岐点はここだけなのです。それは出来ません……」

「ならもう決まりだ。俺はこのまま先へ進む。先へ進んで新しい考え方を身に着ける。

 それに、俺はもう待ち遠しいんだ。卒業旅行が」

 迷いはない。もう先に進むと決めたんだ。

「そうですか、仕方ないですね。私も素直に引き下がるとしましょう。

では、さようなら。あなたの道に光あらんことを」

そして視界が真っ黒に染まった。

 

気づくと俺は目的の駅のホームに立っていた。どうやら送り届けてくれたらしい。

「なんだったんだ、今のは」

 最後の最後に不思議な出来事に巻き込まれてしまった。最後の一年をもう一度やり直せる、そんなことはもうどんなことがあってもごめんだった。

 でも、もし本当にやり直しを選んでいたとしたら──

「やめよう、そんなことを考えるのは」

 

これが3月10日の出来事。今からもう十年くらい前のこと。あのときの選択を俺は後悔していない。今を満足に過ごしている。

 

おしまい

 

夏の終わりに想う

「あなたのことが好きだから──」
 その彼女の言葉に僕は起きた。最悪の目覚めだ。今日は8月30日。彼女が亡くなった日だ。

 

 毎年、この日になると彼女のことを思い出す。いや、常に彼女のことは忘れられないのだが特にこの日は数々の思い出が蘇ってくる。名探偵として事件を暴き、その栄光の日々を送っていたことを。
 朝食をしっかりと食べ、僕はスーツに着替える。白シャツに手を通してネクタイを締めジャケットを着る。私服とは違って気が引き締まり、いつもより気合いが入る。今日は特別な日だからこそそれがいい。まだまだ暑い日は続くけれど、これこそ彼女に対して失礼のない正装だと思う。僕はこの日だけは真摯でありたい。

 

 電車に揺られること1時間。海が近くに見える駅に着く。ここに来るたび、潮の香りにもの悲しさを感じる。
 花屋に寄るのも今年で何度目であろうか。毎年欠かさずにこの花屋で手向けの花を買っている。
「いらっしゃい、今年は来ないのかと思っていたよ。いつもので良いかい?こんだけ買っていってくれると彼女さんも喜ぶだろうよ。いつもありがとうね」
 このおばあさんとも長い付き合いになる。気さくな感じでいつの間にか打ち解けるようになってしまった。
「ありがとうございます。しっかりと届けてきます」

 

 花屋を後にした僕は長い坂道を登り始めた。彼女の思い出に想いを馳せる。
 名探偵の最期の事件。そんな物語のことでしか起こらないようなことが彼女の身には起こった。あっけなかった。僕にはまだ彼女に伝えきれていないことがたくさんあったのに。
 彼女のことを好きになったのは一瞬だった。その謎を解いた先に見える彼女の気遣い。事件をただのパズルのように解こうとしない。彼女なりに救いのあるように謎を解こうとする、その姿に僕は惚れた。最も僕の方は彼女のサポートをするばかりで、何の役にも立っていなかったと思うが。それでも僕は常に彼女の隣に居れたことを誇りに思っている。
 そう考えに浸っているうちに彼女の眠る場所が見えてきた。

 

 バケツに水を入れ、ブラシを持って運んでいく。安らかに眠れるよう大きな音を立てずに水をかけ丁寧に掃除をしていく。そしてお線香をあげる。この時間こそ彼女とまた繋がっているように感じられる。
「今年も来たよ。いつもいつも来なくて良いのに、とでも思ってくれているのかな。それでも僕は来るよ、絶対に」
 もう届かないとは分かっているものの、どうしても言葉を投げてしまう自分がいる。
「そういえば、変な夢を見たよ。君から好きだと告げられる夢。本当にそう想ってくれていたのなら僕は嬉しいよ。もちろん僕も君のことが好きだ」
 そう、好きだ。どうしようもなく彼女のことが好きだ。もう一度、彼女の隣で支えてあげたい。そんな気持ちで今も溢れている。

 

 ひと通り終わり帰ろうとすると、珍しく客が現れた。
「ありゃ、誰もいないと思ったのによ。よりにもよってお前かよ」
 アロハシャツを着てサングラスを頭にかけた胡散臭そうな男が現れた。腐れ縁にもほどがある。
「そう嫌な顔すんなよ。久々の再会なんだから喜ぼうぜ。三人で同じ釜の飯を食った仲なんだしよ」
 そう彼もまた僕と彼女とともに事件解決に関わっていたひとりである。やたらと顔が広いため情報源としては助かっていたのだが、どうも腹の底が見えず僕としては苦手だ。
「そうだな。今日くらいは仲良くやってるところを見せるか」
「やけに素直じゃねーか。いつもいつも俺の言うことやることに突っかかってきたくせによ」
「うるさいな。彼女も静かに眠れないだろう」
「静かなのが似合う女じゃねーだろ、あいつは。いつも勇猛果敢に犯人に立ち向かっていってたじゃねーか。そんなところにお前は惚れてたんだろ」
「……!!!お前に言われると腹が立つな。でも、まあそんなところか」
「うわっ、本当に素直かよ。ここでドンパチやるのも俺としては歓迎だったのによ。まあ、いいよ。俺も静かにするわ」
 そう言いようやく彼は黙り込む。静かに線香をあげ、目を閉じて何かを想っている。

 

「そういえば、なぜお前が来ているんだ?」
「俺が来ちゃ悪いかよ。俺だってあいつのことは忘れられねぇよ。やっぱり良い思い出だったんだよ。あいつとお前と俺で、活動していた日々がよ。まぁ、お前が今日来ているとは思わなかったけどな。こういうのはひとりでいたいものなんだよ」
 彼もまた彼女に想うところがあったのだろうか。顔の広い彼にしてはひとりに執着するのも珍しいと感じる。


 太陽の光に照らされきらめく海を静かに二人で眺める。あの頃は毎日のように事件に巻き込まれ忙しかった。そんな日なんてなかったかと思わせるほど静かだった。
「僕は彼女のことが好きだったんだ。今日なんて夢にまで出てきて彼女から告白されたよ。僕の願いが届いたかのように」
「夢は夢だろう。なんて野暮なことは言わねーよ。お前が好きでいるなら、あいつだってそうだろうよ。何だかんだでお前ら二人に俺は割って入れないようなところは感じてたからな」
 彼も不思議と素直だった。潮風が僕らを凪いでいる。

 

「じゃあな、またどこかで会おうぜ。って言っても来年もこの日に来るんじゃねーぞ。全く、明日から新学期が始まるってのによ。生徒たちのやかましい顔拝む前に、お前の顔を拝むことになるとはな」
 何か、おかしい。ここでそう初めて思った。

「ちょっと待て、明日から新学期って明日はまだ8月31日だろう?9月から始まるんじゃないのか?」
「何寝ぼけたこと言ってんだお前は?今日は8月31日だろうよ。ほれ」
 彼にスマホを差し出される。確かにそこには8月31日と表示されていた。
「どういうことだ、僕は毎年8月30日にここに来ている。そして今日がその日だと思っている」
「どうもこうも、お前が単純に間違えただけだろ。今日は8月31日、夏休みの終わりだよ」
 一日飛んでいる。そんなわけがない。一体何が起こっているんだ?
「まあ、一日くらい別に良いじゃねーか。それともあれか?良い夢見て一日寝過ごしたんだろ。そう考えるのがしっくりくるぜ」
 言われればそうなのかもしれない。でも、一日中寝るなんてことがあるだろうか。前の日だって特別疲れていたわけじゃない。
「そう重く考えるなよ。しっかり休めたってことよ。お前は色々考えすぎなんだよ」
 彼はそう言いながら手を振り階段を降りていった。


「そうなのか?そんな日もあるのか?」
 僕は不思議でならなかった。ただ確かに彼の言うように僕に損はない。ただ一日寝ていただけだ。
「もし一日そうだとしたら僕が君のところに行っていたのかな。そこで別れが名残惜しくなった君は最後にあんな言葉を──。なんて僕の想像でしかないけれどね。残念ながら僕はまだそちらには行けないよ。君のあとを継ぎ、解決すべき事件はたくさん残っているのだから。もし君みたいに僕が最期の事件に巻き込まれたとしたら、その時は君が歓迎してくれると嬉しい。だから、長くなるのかもしれないけれど、待っていて欲しい」
 そうだ。僕は彼女に負けないほどの名探偵になる。そしてその時はじめて追いつき、彼女に相応しい存在になれると思う。
 だから、その時まで──


「そうね、あなたはいつもそういう人だものね。あーあ、あと何年待つことになるのやら。ちょっと今回は欲が出たのは失敗だったなぁ。やりすぎてしまったか。まあ、あなたが納得してくれたから良いけど。でも、私の気持ちだけは本物なんだよ」


おしまい

 

モンティ・シュレディンガー・バレンタイン

2月14日。今年もこの日がやってきた。俺は今年もゲームに負けて彼女お手製のビターチョコレートを食べることになると思う。そして苦い苦いとのたうち回る俺を見て彼女は笑うだろう。だが今年こそは──

 

***

 

放課後、俺は彼女から指定された場所に向かった。小学生の頃から続くこのゲームは今年で何回目になるだろうか。
「来たね。じゃあ始めよっか」
俺は手に持っていた荷物を下ろし席に着いた。彼女は鞄から三つの箱を取り出し、それを机の上に並べた。
「今年も勝たせてもらうよ。そしてとても苦いチョコを食べてもらうからね〜」
これまで俺は一度として彼女に勝てたことがない。この毎年のバレンタインデーに行われるゲームに限らず全般的にこういうゲームに彼女は強い。
「今年は運がモノを言うゲームだよ。私が作ったチョコがこの三つの箱のうちどれかひとつには入ってない。あなたがチョコを引き当てたらあなたの負けで、チョコを食べてもらいまーす。私が負けたらチョコを食べる、毎年同じだね〜」
三分の二はチョコが入っているのか。やや不利なようだが頭を使わせるゲームだと勝ち目がないと思っていたので、今年はまだいつもよりは望みがある。
「はい、じゃあどれにする?」
俺は真ん中の箱に手を伸ばした。
「ふーん、それで良いんだ?あのね、実はこっちのこの箱。この中にはチョコが入ってるんだ〜」
彼女は右端の箱を手に取ってそう言った。揺さぶりをかけに来ている。
「もうこの箱は答えを教えてしまったから選ぶのはダメ。だけど、いま君が選んだ箱からもうひとつの箱に変えるのはOK。どうする?箱変える?」
俺はここで手が止まった。そして悩んだ挙げ句、ここは箱を変更することにした。
「おっ、変えるんだ。じゃあ、開けてみて」
箱を開けた。するとそこにはチョコがあった。
「やった!今年も私の勝ちだね〜いつも通り苦いチョコを食べてもらうよ」
今年も俺は勝てなかった。だが、ここからだ。

 

***

 

「毎年勝ち逃げされてるからな。どうだ、ここでもうひとつゲームをしないか?もちろん俺が勝てば君がチョコを食べ、俺が負ければ俺がチョコを食べる。君にとっては俺がのたうち回る姿をもう一度見れる、ダブルチャンスだ」
珍しく彼が勝負を仕掛けてきた。こういうゲームに自信のある私は即座にOKを出した。
「と言っても毎年やってる頭を使うゲームだと勝ち目がないからな。俺も運のゲームだ」
そう言って彼も鞄から立方体の箱をひとつ取り出した。
「ルールは簡単。この箱を開けたときにチョコがあるかないか、それを当てるだけだ」
なるほど、シンプルに運のゲームだ。私は「ある」ほうを選択した。
「では、箱を開けるぞ」
そう言って彼は箱の蓋を持ち、横にスライドさせて開けた。
「残念、チョコは「ない」ようだ。というわけで、このチョコを食べてもらう」
そう言うと彼はたった今外した蓋を上に持ち上げた。するとそこにはチョコがあった。
「申し訳ないけど負けっぱなしが悔しかったからね。箱に細工をさせてもらったよ」
私は驚いてしまった。彼に裏をかかれるとは。
でも、今はそんなことよりも気が気でないことが別にあった。

 

***


「じゃあ、今年は二人揃ってチョコを食べるということで。珍しいこともあるんだね〜じゃあ、せーの!」
そう言って俺はチョコを食べた。
その瞬間、口の中に蕩けるような甘さが広がった。
「!?」

 

***


その瞬間、口の中に蕩けるような甘さが広がった。
「!?」
彼は驚いている。私同様に。

 

***


「まさか二人とも同じことを考えていたなんてね」
そう、結局のところ二人で甘いチョコを食べただけなのだった。
「私は今日決めようと思っていたから。まさか君もそうだとは思わなかったけれど。うれしいな」
帰り道、俺と彼女は手を繋いで帰っている。
今年変化を迎えたこのバレンタインデーに関するこのゲームは、来年また何か変化があるのだろうか。

 

 

おしまい

少年は卒業しない

振り返ってみると思い出に残る三年間だったと思う。きっと将来、俺はこの時間を愛おしく思う、そんな日が来るのだろう。
「よっ。いつもいつも人のいないところを見つけるのが得意なことで」
そんな感傷に浸っていると彼女が現れた。思えば彼女に出会ってから俺の高校生活は始まった。
「今日で卒業かぁー。なんかあっという間だったし、本当にこれから大学生になるのかって思うわ。まだまだガキって感じがするよ」
「ああ、大人になる反面、まだまだ子供で遊んでいたい気持ちもある」
「おっ、あんたでもまだ遊んでたい気持ちがあるんだ。てっきりすぐにでも大人になりたいと思ってたよ」
そんなことはない。俺だってこの楽しかった三年間を手放したくない気持ちがある。
「振り返るとさ、推研同好会の最後の夏合宿の事件はびっくりしたよ。あのクローズド・サークルは楽しかったなぁ。まさかあんな企画を水面下で進めていたとは、あんたも遊び心があったんだねぇ」
「どうしてもお前の名探偵適性というものを最後に今一度拝んでおきたくてな」
その灰色の脳細胞を生かして数々の事件を解いてきた彼女には出会ったときから憧れがあった。同時に自分は彼女を負かしたいという気持ちがあった。そうすれば、彼女と並び立てる存在になれると思ったから。
「あの時は流石の私でもやばかったね。どうしても最後の論理の飛躍が閃かなくてさ。最後にあんたがポカやらかさなければ辿り着けなかったよ」
そう、結局あの時も彼女に負けたのだ。最後の集大成として彼女に勝ちたかったのに。
「あれ以上のことはもう今後思いつかないだろうな。それだけの覚悟を持ってお前に挑んだんだ」
「そっか」
そう言う彼女の横顔はどこか寂しそうに見えた。
「私はさ、この三年間でいやというほど事件を解決してきたわけじゃん。でもさ、どれもこれも個人的な理由から起こされる事件だったわけ。そんなの当たり前だ、って思うのかもしれないけど、でも解いたことで救えた気持ちもあったかもしれないじゃん。私はただ解いていただけでその一歩がどうしても踏み出せなかった」
「そんなことはない。お前は常に犯人の謎を解き明かすこと、そしてそれがどう周囲に影響を与えるか、気を配って謎を解いていた」
彼女の隣でずっとその姿を見続けてきた俺が言うのだからここは自信を持って欲しい。
「そう。そう言ってくれると、私のこのモヤモヤした気持ちも少しは晴れるかな」
彼女はここでグッと背伸びをする。
「あんたの考えた事件ね、そう思う私の気持ちも汲み取って作ってくれていたのかなぁって思った。あの夏合宿が私の高校最後の事件で、その後は受験勉強の日々。で、無事に合格して果たして大学でも事件に巻き込まれるのかなぁなんて思うと、あんたの事件は私にとって謎を解き明かしたその先にあることの対処法?みたいなものが分かったような気がしたよ」
「そう言ってくれるとありがたい。だが、俺はあの時、お前が事件に敗北する姿が見たかったんだ。お前が俺の事件からそのようなことを学んでいたとしたらそれはただの偶然だ」
「何それ、敗北して欲しいなんてひどいこと言うね」
実際のところは自分が負けた時の保険要素として、彼女の探偵としての在り方にせめて影響を与えられていたら、とは考えていたが、まさかこちらが成功していたとは思わなかった。まぁ、あの後はこちらも受験勉強で忙しかったうえに事件も起きなかったからな。
「私ね、大学に入って事件に巻き込まれたとしたら、その時こそちゃんと謎を解くよ。うんうん、まさに完全無欠の名探偵の誕生ってわけ」
「そうか、それは楽しみにしている」
結局、彼女に並び立てる存在にまではなれなかったのだが、その言葉が聞けるだけでも少しは俺の成長というものが感じられる。でもやはり、いつかはちゃんと彼女の隣で支えて遅れを取らないようになりたい。
「名探偵にはさ、助手がつきものじゃん。だからね」
そう言った彼女は急に俺に詰め寄ってきて、学ランに手を掛けた。
「これ、貰っておくね。だから、大学入ってもよろしくー!」
そう言い彼女は去って行った。学ランを見ると第二ボタンが無くなっていた。
新たな事件が待っている気がした。

 

水上悟志『惑星のさみだれ』一気読み感想

水上悟志惑星のさみだれ』を読んだのでネタバレ込みでざっくりとした感想を。

物語は主人公の雨宮夕日がしゃべるトカゲと出会うところから始まる。突然、地球を守る騎士と選ばれたとそのトカゲに告げられ、訳もわからぬまま敵である泥人形の襲撃を受ける。ピンチだったところを今作のヒロインである朝日奈さみだれに助けられる。空を見上げるとハンマーの形を模した影が浮かんでおり、そのハンマーこそ地球を滅ぼす「ビスケットハンマー」だと告げられる。そのビスケットハンマーを砕き地球をこの拳で滅ぼすのは私だ、と朝日奈さみだれが語りそれに魅せられた雨宮夕日が従僕として敵に立ち向かっていく。

朝日奈さみだれも雨宮夕日もこの世界のことを憎んでいるが故、自分たちのこの手で地球を破壊したいというところから物語は始まる。この時点でその心情にやや疑問感を抱いたが、これはそのままに読み進めていく。次第に他の「騎士」たちが朝日奈さみだれのもとに集まり始めるようになる。

最初に出会った騎士は東雲半月。この人物は物語の精神的に重要な人物になっていて、彼との出会いによって幅が広がり今後の展開に深みを増していく。半月の圧倒的な強さを目の当たりにした夕日はここから強くなろうと決意をする。次第に半月とも打ち解け仲を深めていくが、泥人形との戦いの中で突然の別れを迎えてしまう。この別れが夕日自身の精神的強さの柱に影響を与えていく。

悲しき別れののち、いよいよ本格的にその他の騎士たちがその相棒たちとともにさみだれのもとに集まる。ぎくしゃくした関係が続くも泥人形たちとの戦いを経て仲を深めていく。その中には辛い別れも含まれているが、共に乗り越え結束を固いものにしていく。

その過程の中でこの世界に憎しみしか感じていなかった夕日の心境にも変化が現れ始める。この心境の変化を描くための物語の展開の仕方が非常に緻密に考えられている。詳細の出来事を語るのは省くが、数々の戦いを経ていくうちに自分はひとりではないことを感じ取っていることが一番大きいことだと思う。そうなると本作品の最初の目的である「地球をこの手で砕く」ところからすでに外れていてもおかしくないだろうか、と私自身感じ始めた。しかし、夕日はそれでもまださみだれに加担しているのである。これほど仲間たちと連携して一体感が生まれているのになぜ、と疑問に思っていた。

そして最終決戦。さみだれと夕日はビスケットハンマーを砕くことに成功する。ここからがこの物語の本番。さみだれの決意は固くやはり地球をその手で砕こうとしている。そして夕日はそれに従い他の騎士たちと最後の戦闘を開始する。夕日の圧倒的な力の前になす術がなくなっていく。が、ここでついに夕日の本音が明かされる。

さみだれを止めるのは自分しかいない。

夕日は自身の変わっていく心境からさみだれを止めたいと思うようになっていたのである。そしてその役目に相応しいのは自分しかいない、と。ここを読んだときこの物語はこの瞬間に辿り着くためにこれまでの展開があったんだと鳥肌が止まらなかった。

では、さみだれの心境はなぜ夕日と同じ立場にいたのに変わらなかったのか。彼女は生まれつき体が弱く、この戦いが終わったあとには地球が滅びようが滅びまいが亡くなってしまうのである。だからいっそ自分の手で滅ぼしてしまえ、というのが彼女の考え方であった。

ここまできて「世界の破滅」か「彼女の破滅」かを考えるようになる。彼女を選べば世界は破滅、世界を選べば彼女は破滅、という二択が物語としてはよくある。この二択を目の前にしたときに夕日はどちらかひとつを選べなくなっている。最初はさみだれに魅せられつつも、これまでの仲間たちとの戦いを経てその思い出もまたかけがえのないものになっている。そしてもう会うことが出来ない者たちのためにも、生きたいと思うようになっている。そしてそこにはさみだれもなくてはならない存在なのである。だからこそ、夕日自身でさみだれを止めないといけない。ここにきて全てのことがただ一点に綺麗に繋がるのである。物語にただただ圧倒された瞬間である。

夕日は世界も彼女も手に入れるため、さみだれに立ち向かう。ただ彼女の手を取るために上へ上へと上がっていく、この描写もまた素晴らしい。さみだれの手を取り、夕日は彼女からひとこと「生きたい」と。物語はハッピーエンドであってもらいたいと常に思っている私自身はここで涙が堪えきれなくなった。なんと素晴らしい大団円か。

物語は最後にその後の生活が描かれて終わる。あの一年間の激闘が嘘だったかのように平和な日々、幸せな日々を各々が送っている。でも、この日々は皆と力を合わせたあの日々があったからこその未来なのである。こういう「あのときから地続きにある今という未来」という物語の終わり方にも非常に私は弱い。過去にあったことを糧に未来へと繋がっていく。どんなに辛かろうと希望に満ち溢れた未来があるという可能性を信じて今を突き進むしかない。

 

書いてはみたもののとっ散らかってしまった印象がある。けれど、書きたいことは何となく書くことが出来て良かったかなと。『惑星のさみだれ』良い作品だった。

 

迫稔雄『嘘喰い』全巻一気読みまとめ

迫稔雄嘘喰い』を初めて全巻一気読みしたので騙し合いの根幹に関わる部分は伏せつつ多少のネタバレは含みながら感想を書いてみようと思う。Wikipedia(https://ja.m.wikipedia.org/wiki/嘘喰い)を参照してその順番の感想です。

 

・読む前の印象
頭脳戦とフィジカル的にめちゃくちゃ強い人たちが出てくることは知っていた。直近に読んだ青崎有吾『地雷グリコ』はほぼここにルーツがあるということでいよいよ読むときが来たと思い一気読み。甲斐谷忍LIAR GAME』は読了済みでそれとどう違うのかも考えたいなと思いつつ。肉弾戦部分は以降「暴パート」として感想を書く。

 

・廃ビル脱出勝負【1 - 3巻】
割と暴パート中心。斑目貘の基本的な仲間がここで出そろうので後々の物語の軸としては重要と思う。いきなり血だらけ命がけで怖い。

 

・ハングマン【4 - 7巻】
命がけのババ抜き編。これでこの物語の基本の心理戦の繰り広げられ方に慣れる。どんなイカサマを用いてくるか、序盤にも関わらずかなり奇想天外で驚きがあった。

 

・迷宮(ラビリンス)【8 - 14巻】
迷路脱出編。ゲームのルール自体に謎が隠されており、それを解き明かしていくのを楽しむのも醍醐味になっている。また賭郎以外にも尋常じゃないほどそれこそ人外並みに強い奴らがいることを思い知らされる。以降の心理戦でもこの人外並みに強い奴らが鍵を握ることもある。加えていわゆる「先天性の才能」というものも心理戦の要素に加わる可能性があることをここで思い知らされた。そしてそれを確実に見抜いていく斑目貘の恐ろしさを思い知った。

 

・ファラリスの雄牛【14 - 16巻】
パートナーの梶がメインの心理戦。シンプルなイカサマトリックをその場にあるもので進化させたのが非常に良かった。ここから自分自身の身を切った戦い方をして相手をハメることも求められてくるようになり、ますます文字通りの死闘を繰り広げる。

 

マキャベリストゲーム【17 - 19巻】
こういうのが割と好き。ゲームで支給された「モノ」を使ってその「穴」をつく。このゲームではそれが十二分に堪能でき、それを相手に悟らせない動き方をするのも好き。物語的にはここから最後までノンストップでいくので大きく重要な章。

 

・業の櫓【19 - 24巻】
今までのは前哨戦みたいなものでここからが『嘘喰い』本番。心理戦と暴パート入り乱れての化かし合いがたまらない。最後まで不確定事項だらけだけど、ひとつずつ情報が開示されていくたびに一体いくつの「珠」を持っているのか、推測する楽しみがどんどん膨らんでいった。「ドティ」を用いた「内」と「パスワード入力機」を用いた「外」とを組み合わせて相手を騙す、その方法がとても良かった。
また、物語はいよいよ屋形越えか……?と思われたところでまさかのお屋形様に衝撃の事実が発覚し、この先長い戦いが始まる。斑目貘の過去編にもまた重要なことが含まれていたことに後から驚かされた。

 

・コインの幅寄せゲーム【25 - 26巻】
ルールとしては単純だが、このゲームに用いた「コーヒーフレッシュ」の使い方が面白い。子どもの遊びの思いつきで出来そうなことを仕掛けに使ってくる、その発想に頭が上がらない。

 

バトルシップ【27 - 29巻】
初の女性の賭郎に驚きつつ開戦。このゲームのイカサマは何だ何だと推測しながら読み進める。で、実際にそのイカサマが明かされるわけだがそのイカサマが明かされる瞬間と同時に更なる騙しを発動させたのが上手い。そしてやはりこのゲーム自体の「モノ」を利用した騙しがとても好きだった。よく考えたらその可能性はある、ということをこの先何回も思い知らされることになる。これが『嘘喰い』。

 

・プロトポロス編【30 - 43巻】
この設定を聞いたとき、これは壮大な戦いが始まるぞと鳥肌が止まらなかった。私が真っ先に思い浮かべたのは『HUNTER×HUNTER』の「グリードアイランド」。この世界の中でどんな心理戦が起き、そしてどう斑目貘および敵陣のラロが勝ち抜いていくか楽しみで仕方がなかった。

 

・四神包囲(しじんほうい)【31 - 32巻】
あっちむいてホイ。まずは命は関係なしのマネーゲーム。このゲームはシンプルな心理戦なので斑目貘の強さがそのまま光る良いゲームだった。心理戦を描く全ての作品にとってこれはオーソドックスなものであるだろうと思う。

 

アンタッチャブルライン【32 - 33巻】
暴パート。伽羅さん強すぎてマジでカッコ良い。「プロトポロス」を勝ち抜いていく上でラロの狙いと斑目の狙いが別指針で期待が高まる。

 

・矛盾遊戯【34巻】
たたいて、かぶって、じゃんけんぽん。この辺りから本当に「命」をかけての心理戦になってくる。いかに最低限の「命」を削り有利に立つか、この考え方が非常に重要になってくることをここで初めて思い知らされた。これまでの思考のぶつけ合いに加えて、相手のフィジカルの状態もまた判断に必要になってくるのが非常に面白い。梶、とても強くなっている。

 

・毒孕薬奪(どくほうやくだつ)【36巻】
暴パートだけどめちゃくちゃ重要。伽羅さんにただただ拍手を送りたい。ここでのこの伽羅さんの状態が他登場人物たちの心の支えみたいになっているのが非常に良い。こういうのたまらなく好き。

 

・ハンド・チョッパー【36巻】
指で相手の指を突きその数を増やして両手を開かせたら負けというやったことのあるゲーム。頭が良い者同士がやるとループするだろうと容易に想像がつく。そこからのループ脱出の方法が正に『嘘喰い』。「命」を賭けなければ勝てない。

 

・「プロトポロス」最終戦
どうやって最終日に勝利条件「皇帝」でいられるか。それをこのような形で決着に持っていこうとしていた斑目貘。凄まじすぎる。何でそんなことをしていたのか、このことについて徐々に明らかになり始める。混沌し始めた「プロトポロス」において、この世界の謎が解けたのも見どころ。大船さんカッコよかったなぁ。

 

・エア・ポーカー【39 - 43巻】
来ました。これを読むために読み始めたと言っても過言ではない。ポーカーをやるのだけど、まずそのやり方の発想に驚愕する。与えられたのは数字が書かれた五枚のカードのみ。ここから何故このゲームが「ポーカー」と名前がつけられているかから導き出される法則、脱帽しかない。またここでの賭け金は「空気」で勝利条件は相手の「溺死」。この「空気」の使い方もまた心理戦に重要なファクターでここの部分での騙し合いもまた発生する。さらに凄いのがこの「エア・ポーカー」の法則を解いた先にある新たな「エア・ポーカー」。様々な要素から多角的にこのゲームを楽しませてくれる。意味がわからないほど面白い。
そして迎えた五回戦目。これまで二人(ここでは適切ではない書き方な気がする)が仕掛けてきていたことがここで全て炸裂する。意味がわからないほど面白い。なぜ→そうか→なぜ→そうか、が止めどなく最後の幕切れまで続いていく。対戦結果表示の文字を見た瞬間にそっと読んでいた端末を起きしばらく虚空を見つめていた。

 

・ハンカチ落とし【44 - 49巻】
の前に最後の暴パート。屋形越えの立会人となるため死闘が繰り広げられる。この暴パートがのちの「ハンカチ落とし」に影響与えるとわかった瞬間にも唖然とした。
では、本題の「ハンカチ落とし」での「屋形越え」。あなたが今まで読んできたものは何ですか?『嘘喰い』です。このゲームに全てが詰まっている。というか詰まりすぎて最後の最後に大爆発する。これはもう本当にすごい。読者の記憶にも新しいと思われる「あれ」を心理戦に組み込んでしまうものだから。あのコマを見た瞬間にすぐさま「これって"あれ"を使ったってこと?」って思ったらドンピシャ。自分で当てておいて信じられなかった。そんなことする?と。そんなバカな!と投げたくなるが、そこをそうとはさせないのがこの『嘘喰い』。まさかの論理付けの解説が始まるのである。これを読んだときもう完全に何も文句は言いたくても言えないと諦めの念も出てきた。ただただ素晴らしくとことん打ちのめされた。

 

・物語の締め
のぶ子よかったなぁ……
とここまで書いてきて心理戦部分の感想しかなくない?と思った。登場人物たちの人間(と言っていいのかは不明だがこのヒトたち)関係も巻を追うごとにどんどん深みを増していってここからも目が離せなかった。こちらに注目してもまたいつか振り返ってみたい。

 

・総括
LIAR GAME』は徹底して「マネー」ゲームによる心理戦。それに対して『嘘喰い』は文字通り「命」を賭けた心理戦。この自らの身を削りながら相手を騙していく心理戦がたまらなく良かった。あと暴パート。賭郎立会人たちの設定があるだけでここまで面白くなるのかと打ちのめされた。これから先もまだ見ぬ心理戦を求めて。